稲荷とイエス・キリスト

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キリスト教の神の死、日本神話の神の死、これをなんとなく比較してみましょう。

「神の犠牲によって世界に恵みがもたらされる」というのがイエスの死と復活のストーリーのコア。神の犠牲によって世界に恵みがもたらされるというストーリーだと、日本神話で「食物神の死体から食べ物が生まれる」というオオゲツヒメやウケモチの神話が近い。

日ユ同祖論者(※1)で、稲荷(食物神)とINRI(※2)をリンクさせている人がいるが、INARIとINRIの単なるごろ合わせだけでなく、この辺にも注目してるならいいセンスだと思う。


エジプトには女神イシスが夫神オシリスを魔術で復活させるという神話があるが、魔術的な方法で女神に復活させてもらうのは日本神話ではオオクニヌシである。こちらは、復活の後に試練をくぐりぬけて国作りをする話になる。「死と復活」という場面がある所まではイエスと同じだが、死によって世界を救うというパターンとは異なってくる。


キリスト教世界は「人は生まれながらに罪を背負っている」という究極の性悪説であるから「神の犠牲」というイベントは「人類の罪の救済」という天国的な恩恵をもたらすものとして配置されている。一方、日本の神話世界は「人は生まれながらに素晴らしい」という性善説に近いので、「神の犠牲」というイベントは「食物」というより現世的な恩恵をもたらす。

同じような構造の物語が世界各地にあるのは別に不思議なことではない。どちらが元祖でどちらが真似という話ではない。人間の心理構造に共通部分があるから、分かりやすい例えにするなら人類の遺伝子が同じだからおなじような話が各地で生まれるのである。

逆に、日本神話という世界と聖書神話の世界、同じような話でも何が違うかに注目すると、それぞれの世界の特長が見えてくる。



※1 日本人の祖先はユダヤ人移民が中心である説をとる人。日本列島というのは、もともと住んでいた人達に加えて、あちこちから移住してきた人たち(渡来人)がたくさんいたことは確かな話。

なので日本人ユダヤ人説は、実はものすごいトンデモ発想というわけでもない。歴史書には「中国南部から移住。朝鮮半島から移住」という記録しかないが、朝鮮半島や中国南部に来る前はどこに住んでいたのかというのはかなり色んな推測が成り立つ。ペルシャ人説だって推測としては可能。

※2 INRI : IESUS NAZARENUS REX IUDAEORUM→ユダヤ人の王ナザレのイエスの意味。イエスが貼り付けにされた時の罪状文。キリストの磔刑の絵を見るとよく描かれている文字。ちなみにYHVHはキリスト教・ユダヤ教の神の名前。ヤーヴェと読むのではないかという説が有力。ヘブライ語は母音をあらわす表記がないため、読み方は一度わからなくなるとそのまま失われる。余談だが、奈良時代当時の発音が分からないのは万葉集や古事記も同じ。方言から復刻する的な方法で学術的に復刻されているパターンはあるが、本当にその発音だったのかと言われると何とも言えない。ちなみに復刻された古代語は「はんなり」というより「カッコイイ」に近い。

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