海幸彦・山幸彦の釣り針、縄文人の超技術

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海幸彦(兄)と山幸彦(弟)の神話というのが古事記にあります。これは 絵本などにもなっている、いかにも昔話な感じのお話です。これ、普通に読むと兄が悪玉で弟が善玉なのです。が、縄文時代についての知識を入れてから読むと「お兄ちゃんかわいそう・・・」という話なのかもしれません。

問題の海幸・山幸はこんな感じのお話です。

1.漁師(海)の兄と、猟師(山)の弟が、弓矢と釣り道具を取り替える
2.うまくいかないばかりかか、漁師(山)の釣り針をとられてしまう
3.兄弟ゲンカになる
4.弟はたくさんの釣り針を自分の剣を壊して作るが許してくれない
5.弟が困っていると賢いおじいさんがやってきて「海神の宮」に行けとアドバイス
6.弟が海の神の宮殿にいくと、お姫様と出会い、3年の間楽しく過ごす
7.ある時、釣り針を探しに来たことを思いだす
8.海の神が釣り針をみつけてくれる
9.弟は兄のもとへ、釣り針を返しにいく
10.また兄弟ゲンカになるが、今度は弟が海の神からもらった宝でケンカに勝つ
11.和解する

兄弟ケンカの発端は、弟が兄の大事な釣り針をなくしたことからはじまります。

ところで縄文時代の考古学の情報によると、

古代の鹿の角製の釣り針は、天然アスファルトで補強されて、 40センチ級の鯛とかが釣れる強度を持つものがあったそうです。 (「古代日本の超技術」志村史夫 ブルーバックス 2012)

鹿の骨でできた縄文の釣り針はかなり高性能だったということです。念のためですが、40センチというとデスクトップパソコンの キーボードとか、ボックスティッシュ2個をヨコに並べたくらい とか、かなり大きい魚です。

古事記によると、兄の釣り針をなくした山幸彦(弟)は自分の十握剣(とつかのつるぎ)を鋳つぶして釣り針を作ったと 書いてあります。剣は金属製ですので、弟が作ったのは金属製の釣り針と推測できます。

もしかして、鉄や青銅の釣り針じゃダメだったんじゃないの、仕留めたばかりの シカの角とかで作らないとダメだったんじゃないの、という話を縄文の考古学の情報を見た時に思ったわけです。どうも釣り針は金属製になって性能アップしたかというと必ずしもそうではなく、動物の骨で作ったもの(骨角器)のほうが優れていた点もあったようです。

意外と、お兄さんの海幸彦は意地悪だったのではなく、正義だったのかもしれない、 弟がちゃんと「何製の釣り針をつくればよいでしょうか」と話を聞いてから つぐないをすればよかったのかも、と思ったという話でした。

チョコレート1個ほしい時にどらやき100個もらっても「いらないよね 」という、「そのものじゃないと、意味が無いこともある」という話です。

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サイトの運営方針は「自分とは何か」「日本文明とは何か」という二つの問いへのインスピレーションを刺激する話をすること。人生で大切にしたい事は「遊び・美しさ・使命・勝利・自由」。 なお、日本的精神文化のコアの一つは「最小の力で最大の成果」だと思う。例えば「枯山水(禅寺の石庭)の抽象的アート表現」などは、良い例。