お賽銭を投げる習慣が意外と正しい理由

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「お賽銭は投げてはいけない?」的な質問への答えは官僚作文的な玉虫色の解説が多いのですが、これは「投げるのは正しいから、投げてスッキリしてください」と言い切ってよいと思います。


知恵袋などをみると「賽銭を投げるのは、作法としていかがなものか」という質問が出ています。それは現代人視点ではもっともな疑問ですが、もともとあれは「お願い事の対価やお礼」としての意味をもつものではありません。

神社仏閣で「瓦を投げることで、悪運を払う」的な、ものを投げて厄を払う風習があることがあります。例えば、神護寺(京都)や比叡山や大山(神奈川)などでは、現代でも見ることができます。

実際に、素焼きの小皿を何度が投げたことがありますが、意外と楽しいです。山によっては「標的」がご丁寧に設定してあって、子供のゲームとしても楽しいように工夫をしてあることもあります。マンガで皿を割ってストレス解消するキャラが出てくることがありますが、少し似た楽しさだったと思います。

お賽銭の古い意味はどちらかかというとこれに近いのです。ものを捨てることで同時にケガレを祓うという設定があるものなのです。だから「投げて厄をはらう」というほうで「投げる」感じで正しいのです。


余談ですが、お礼参りをしたい時、お札のお賽銭を使いたい気分なら、寄付金募集があったらそちらに使うのもいいでしょう。信長公のようにお礼参りに塀を寄付したりするのはセレブでないとできないかもしれませんが、建替のための寄付募集中(1000円~)みたいなものは、わりとあります。丁寧に感謝の意を表したい人には「お神楽の奉納」という選択肢もあります。普段やらない未知の体験をするという意味では、こちらのほうがより面白いかもしれません。(詳しくは神社さんに聞いてください)


なお、感謝の意図でそっと入れるのがNGという話ではありません。それはそれでありです。が、もし投げるほうが感覚的にあうなら「お祓い的な意図をもって、何の違和感もなく堂々と投げればよい」という話です。どちらの方法を使うにしても「どっちが正しいのだろうか? 」と気にしながらやる必要は全くありません。

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