「七つの習慣」的なアメリカ型自己啓発の限界

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クローズドなメルマガで書こうかとも思ったのですが、会員専用にするほどの話でもないのでサイトに書いておきます。

七つの習慣の限界というのは簡単な話で、「インサイド・アウト(inside out)」発想を、徹底して批判してみれば自ずと見えきます。インサイド・アウトというのは「内から外へ」すなわち、「まず自分の内側に注目しよう」的な発想です。組織全体ではなくまず個人からという発想でもあります。


この発想は、限界を正しく知った上で使うなら薬になりますが、薬は常に毒にもなるということを忘れてはいけません。


インサイドアウト発想の限界を見るにはこんな例え話がいいでしょう。


例えば、パソコンのワープロソフトが「ソフトのバグ(故障)で動かなくなった」とします。

インサイド・アウト的な発想だと、ここで「自分が悪いことをした→ソフトが壊れた」という判断しか導けなくなるリスクがあるのです。ただ、実際には「ソフトにバグがあるので→動かなくなった」な場合もよくある話です。

成功者はこんなアホな判断はしないのでしょうが、凡人は「インサイドアウトが大事だ」と言われるとこの種のアホな思考回路にはまってしまうワナがあるのです。


ふつうの人が「100%自分原因」的なことをパワフルな指導者から言われ続けると、悪い意味で自分が全世界の創造主にでもなったかのように錯覚するわけです。実際は髪の毛ひとつ自由にはやすことができないにも関わらず、自分の不幸は「全て自分のせい」になるわけです。

要するにインサイド・アウト発想は、「黒猫が横切ったら不幸なことがおきる」というのと同じレベルの迷信を誘導してしまうリスクを秘めているのです。さらにストレートに言うなら、第2次大戦末期の敗戦直前の日本軍がやらかした「竹槍でB29を落とせ!」というアホ発想と同じレベルの根性論をふりまくリスクを常に抱えているのです。

「七つの習慣」がベストセラーになったのは、社会全体を変えていこうという大きい改革をしようという活力が失われて、個人の内面に関心が向くようになった時代背景とうまくマッチしていたからでしょう。

ただ、社会そのものの欠陥や世界のルールそのものの欠陥を疑う、という視点もないと単なる根性論(竹槍で戦闘機を撃墜せよ)に堕落してしまう危険が常にあるのです。

世界がくだらないルールで動いているなら、あくまで「くだらないものはくだらない」とルールの改変を目指すべきなのです。

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サイトの運営方針は「自分とは何か」「日本文明とは何か」という二つの問いへのインスピレーションを刺激する話をすること。人生で大切にしたい事は「遊び・美しさ・使命・勝利・自由」。 なお、日本的精神文化のコアの一つは「最小の力で最大の成果」だと思う。例えば「枯山水(禅寺の石庭)の抽象的アート表現」などは、良い例。