自分に自信を付けるには? 世界を混同しないこと

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自己啓発とかスピリチュアルではよく「ありのーままでー、あなたはー、すばらしいよー♪」という教えが語られます。「人間には無条件に価値がある」という話です。これは、これで非常に素晴らしい概念なのですが、使い方を間違えると逆に「自信がどんどん減っていく」ことになります。

世界を混同してはならない

こうした抽象度の高い概念を扱う基本として、学校では教えてくれないかもしれませんが「世界を混同しない」ということが非常に大切になります。

人間の生きているこの世界を簡易的に、2つに分けて見ましょう。ざっくり聖と俗に分けて、それぞれを「存在の世界」と「機能の世界」と定義して分けていきます。実は誰もがこの二つの世界に同時に存在しているのです。

存在価値の世界

まず第一に、「存在の世界」では「ありのままで素晴らしい」が当てはまります。赤ちゃんを見て「あいつは、役に立たないから価値がない」という人はあまりいないと思います。

「赤ちゃん=無条件にカワイイ」というのが、人類の遺伝子に刷り込まれた本能に近い感覚です。こういう母性本能的な感覚がなくなってしまったら、育児をする動機がなくなるので、種としての人類が滅亡することになりかねません。これが、「存在の世界」の例になります。

日常会話でいうと、女子会的なテーマ性のないおしゃべりは「存在の世界」的な領域です。特に何かの役に立つことはないですが、中の人にとっては「たわいのないおしゃべりが楽しい」ので大いに価値があるわけです。

機能価値の世界

第二に、「役にたつからすばらしい」、これは「機能の世界」であてはまる話です。家電、たとえばエアコンが便利で素晴らしい。というのは、エアコンの持つ機能的な価値に感動して素晴らしいと褒めているわけです。

人間で言えば「会計の専門スキルが高いから素晴らしい」とか「ラーメンを作るのがすごく上手」とか「イベントをやれば1000人動員できる」とか「年収1億円で話が面白い」みたいなスキルやスペック的な領域です。

日常会話でいうと、テーマ性の高い会話は「機能の世界」的な領域です。「○○について」とテーマを限定して対話や議論を深めるので、直接的に知的生産につながる会話になります。たわいもない会話でも芸人の場合は、「第三者であるお客さんを楽しませる」というフィルターがかかっているので「機能性」のある会話になります。

さて、「ありのままで素晴らしい」とか「無条件の愛」とかこうしたものは、「存在の世界」で優位なルールなわけです。一方で「機能の世界」では「役に立つからこそ素晴らしい」というルールが優位になります。

二つの世界の違い

家電屋にいって「ご飯がたけない炊飯器」を買う人はいません。タダでも売れませんし、そもそも売らないでしょう。ただ、もしアートを売るお店であれば「壊れた炊飯器 作品A」みたいなものが商品価値を持つことは十分ありえます。アートというのは、機能ではなく存在そのものを売っているからです。

こうしたものが、存在価値の世界と機能価値の世界です。

機能の世界で「ありのままで素晴らしい」説をつかおうとしても当然うまくいかないわけです。逆に存在の世界で「機能性が高いから素晴らしい」説をつかおうとしてもうまくいきません。

アート作品を売るのに「ご飯が美味しく炊けます」と実用性をうたっても無意味ですし、炊飯器を売るのに「存在感があります」とだけ言っても意味が無いわけです。

こうしたことを意図せずにやってしまうのが「世界の混同」になります。アートはアート、家電は家電、それぞれ別の世界のルールがあるのでそれを意識しようということです。

人間にとって大切な二つの価値

人間も、「ありのまま」という存在価値と、「スキルやスペック」という機能価値、両方がそろってこそ自分に自信を持つことができます。なぜなら、人間は存在の世界と機能の世界の両方に足を突っ込んで生活しているからです。

字の下手な書道家など不要の長物ですし、一方で「一緒にいるだけで楽しい」的なものがない家族や友人も扶養の長物なのです。

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サイトの運営方針は「自分とは何か」「日本文明とは何か」という二つの問いへのインスピレーションを刺激する話をすること。人生で大切にしたい事は「遊び・美しさ・使命・勝利・自由」。 なお、日本的精神文化のコアの一つは「最小の力で最大の成果」だと思う。例えば「枯山水(禅寺の石庭)の抽象的アート表現」などは、良い例。