「ワクワクすることをしよう♪」に潜むワナ

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世の中の「ワクワクすることをしよう」「やりたいことことをしよう」という話には、1つ大きなワナがあります。この手の話って、「お金になること」という文脈の中で「ワクワク」を考える前提が入りがちなところがあって、そうなるとこの教えは話がおかしくなりやすいのです。

ワクワクすることをする、というのは原理原則

もともと原則として「純粋に、好きなこと、欲すること、をやるのが、人としての幸せや成功につながる」という話があります。これは昔から洋の東西問わず言われている話です。

「汝の欲することをなせ(ミヒャエル・エンデ「果てしない物語」より)」というのは、「汝の隣人を愛せ」「情けは人のためならず(必ず自分にも返ってくる)」というのと似たようなレベルのおばあちゃんの智恵的な話なわけです。

バシャールが広めた「ワクワクすることをやろう」も彼がはじめて言った話ではなく、実は昔から言われていることです。純粋な意味で自分の欲求に従う、という感覚を磨いていくことが実は重要という教えになります。

まずは、自分の欲求に従うことから

実は

「眠くなったら、寝ろ」
「お腹がすいたら、食べろ」
「仕事したくなったら、仕事しろ」
「家族と遊びたくなったら、家族とあそべ」
「部屋が汚くて腹が立ったら、掃除しろ」

というレベルのことから言ってるわけです。この教え。このレベルの話というのは、実は、見直してみる価値は大いにあります。当たり前だけど見過ごしてしまいがちなことがけっこうあるからです。

ワクワクの教えがおかしくなる理由

ところで、世の中の「ワクワクすることをやれ」的な話がおかしくなりがちな理由として、「今すぐお金が手に入りそうなこと」の中での「情熱がわくこと、好きなこと」をやろう的な暗黙の期待をつけがちだからというのがあります。

そのスイッチで考え出すと「今すぐ確実にお金になりそうに見えること」の中に行動範囲が限定されます。そうなると、毎日がつまらなくなるだけでなく、「お金を稼ぐ力」まで大幅に落ちてしまうリスクがあります。

お金にフォーカスするとお金に逃げられる?

たとえば、洋服屋さんとかでいえば 「今すぐお金になること」に意識が いきすぎると

「ブランドのファンを育てる。 店員さんのファンを育てる」

といった投資をしなくなるわけです。 今すぐお金になりそうに見えないですから。こういうモードになると、数年とたたずに 売上が落ちていきそうな気がしてきませんか。

モテようとしないほうがモテる?

恋愛でもそうで「いますぐ結婚できること」とかにフォーカスしすぎると、 あんまりいい結果を生まない人は 多い気がします。

本当にこれが第一目的なら、 条件すごくゆるくお見合いすれば いいだけなわけですが、それをしない人のほうが多いと思います。

それこそ「宝くじ3億円(一生分の生活費の例) あたっても結婚したいですか?」的な仮定を考えてみるのもありです。お金という発想の枠を外すと結婚相手に実際に何を求めているのかが よりはっきりします。

好きなことの周辺に宝はない(かも)

ミドリムシの研究とか、いかにも 今すぐお金にならなそうなことで いいのです。純粋にワクワクすることというのは。

サプリや新素材を作ろうと思ってムシの研究をしなくていいのです。(結果としてできればスポンサーつけやすくなるのでラッキーですが)

エステやマッサージなどを受けるのが好きなら、 受けまくればよい話です。 エステを提供する側の人になる必要はないのです。

(やってみたら、お客さんに感謝されるのが 楽しくなっちゃって、やるのもラブ♪に なる人もいるので、やる側にトライするなとは言いませんが)

とはいえ、お金も気になるなら?

1.好きなことをするための資金稼ぎと 割り切って、なるべく得意な仕事をする
2.「お金になる」かつ 「自分も純粋に楽しい」 という都合がいい仕事を智恵を絞って作る

やれることはこれだけです。

そして2をやりたい場合、そういう都合が いいポジションは、あくまでも自分で作りあげるものであることに注意してください。

仕事という文脈で考えると、「純粋に好きなこと」と「仕事の種」が100%で一致するという幸せを得るためには宝くじなみの運の良さが必要です。 そこに期待するのではなく、「色々学んで、自分で作っていくしかない」ということです。

「最初に見つけた純粋に好きなこと」だけをやってもいいのですが、その場合は昔の画家みたいに 「生前は全く認められず、死後に自分の絵が高値で売買されるようになった」というハードボイルドな生活になる可能性を受け入れる必要があります。(それが嫌な人は絵は好きに描く一方でビジネスも学びましょうという話です。この例でいえば。)

原石を拾って磨くしかない

美味しい話というのは、基本的に最初からは 落ちてません。最初から落ちてる美味しい話は 詐欺話だけです。本当の美味しい話は、 宝石の原石を拾って磨いていくしかありません。

そして原石拾うセンスを磨くため必要なことは、お金にこだわりすぎずに、 自分の純粋な「欲や情熱の源」を追究しなさいという話に戻るわけです。

奉仕したい人は奉仕すればいいですし、 奉仕されたい人は奉仕されればよいのです。愛したい人は愛すればいいし、愛されたい人は愛されるだけでいいという、実にシンプルな話に落ち着きます。

まとめ

「ワクワクの教え」とか 「やりたいことを仕事にしよう」とかって 話が変な方向に行きがちだと思うので、まとめてみました。

そして、自分の純粋な欲求を知る センスを磨いていきたい人は、精神世界的なものが嫌いな人でなければ、たとえば易やタロットカードはとてもよい自分磨きツールの一つになります。占いとか聞くと興味が消える人は、歴史を学ぶのがおすすめです。 現代と感覚が違う人達の話を読むと、色んな意味で頭の堅さがとれていきます。

たとえば、昔の庶民のマルチぶり(農業もすれば行商もすれば・・・)を見ると、やりたいことをメインの仕事にするか週末だけやる趣味にするか、などと考えるのがアホらしくなります。

現代の場合、ある仕事を週7日やるか週1日するかというのは、業種によっては全くたいした問題ではありません。

たとえば、雑貨の物販などを例にすると「オーナーが趣味で週1日だけやってる店」はユーザーにとっては「良い品安い上に、店の人とも仲良くなりやすい」というやたらと感謝される存在になってしまう可能性があります。

一方で、普通にビジネスとしてやってるお店にとっては、オーナーの趣味でやってる店というのは、「なぜその原価のものをその金額とそのサービスで売れる・・・、はなから勝負にならん・・・」と怖くなるお店でもあります。

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About Author

サイトの運営方針は「自分とは何か」「日本文明とは何か」という二つの問いへのインスピレーションを刺激する話をすること。人生で大切にしたい事は「遊び・美しさ・使命・勝利・自由」。 なお、日本的精神文化のコアの一つは「最小の力で最大の成果」だと思う。例えば「枯山水(禅寺の石庭)の抽象的アート表現」などは、良い例。