実は日本国憲法は英語版原案のほぼコピペ (教科書にない話)

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ごく単純な事実として、1947年に施工された日本国憲法はアメリカ人が英語で書いた原案のほとんどコピペだという話があります。だから日本国憲法は日本語として不自然な文章があちこちに入っているのです。

これは事実かどうかが人によって意見が分かれるという話ではなく、ほとんど誰も文句をつけられない単純な歴史的事実になります。なぜこうなったのかというと、第二次大戦で日本が敗戦してアメリカの支配下に入った結果です。(21世紀現在は独立を回復しています)


さて、英語で書かれた日本国憲法の原案は、別に機密情報でも何でも無いので一般公開されていますが、高校卒業程度の英語力があれば

「Google翻訳でも片手に、英語版の原案で読んだ方が分かりやすい」

と、感じる可能性があります。

例えば、GHQ草案の第一条(1946年2月)、天皇(皇帝)に関する部分はこんな感じです。

Article I. The Emperor shall be the symbol of the State and of the Unity of the People, deriving his position from the sovereign will of the People, and from no other source

(Constitution of Japan,12 February 1946,Alfred Hussey Papers; Constitution File No. 1, Doc. No. 12 )

1947年に施行された日本国憲法の日本語はこうなっています。

第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

 

こんな調子で、微妙な違いは各所にありますが、英語版の原案をほとんどコピペした内容なのが、1947年に施行された日本国憲法なのです。ちなみに当時の日本は米軍を中心とする占領軍の支配下にあったため、占領軍の命令を拒否する権利はありませんでした。


ちなみに、原案と日本語版の一番有名な微妙な違いは、憲法9条、いわゆる武装禁止をうたった条項です。原案は「とにかく武装禁止」だったのですが、当時の日本政府がさらっと占領軍に修正を認めさせた文言では、「自衛のための武装はOK」と解釈できる余地が入るように修正されています。(芦田修正案)

この辺、占領下の日本にもしたたかな人間がいたたのだと認めざるをえない部分です。


今回の話は極めてかっこ悪い話なので、教科書だとさらっと流されていますし、公の場ではあまり語られない事実です。が、これは、「東京タワーは東京にある 」「富士山は日本にある 」というのと同じレベルの単なる事実です。領土問題などと違って「立場が違えば、事実も違う」という話にはなりません。

人によって意見が違ってくるのは日本国憲法(1947年施行)の中身に関する問題で、 「コピペ憲法で占領軍に強制されたものだけど、中身的にマシだから、とりあえずいいんじゃね。」という意見と、 「コピペ憲法なんてゴミ箱に捨てるべきだろう。中身的にもカスだし。」という意見、主にこの二つの意見が対立するわけです。

ちなみに20世紀後半以降の日本で政権与党を長くつとめた自由民主党は、党の基本方針としては 「コピペ憲法はゴミ箱に捨てて、日本人の手による自主憲法を作ろう」的なことを結党当時から一貫してかかげています。

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サイトの運営方針は「自分とは何か」「日本文明とは何か」という二つの問いへのインスピレーションを刺激する話をすること。人生で大切にしたい事は「遊び・美しさ・使命・勝利・自由」。 なお、日本的精神文化のコアの一つは「最小の力で最大の成果」だと思う。例えば「枯山水(禅寺の石庭)の抽象的アート表現」などは、良い例。