平城京にペルシャ人の役人か 昔の日本はインターナショナルだった

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西暦2016年10月、平城宮で波斯人(ペルシア人)の役人が働いていたとされる木簡が発見されたことがニュースになりました。いまのパソコンの辞書でも、ペルシアと入れると波斯とも変換されますが、奈良時代の朝廷で波斯の清通という役人の存在が確認されたそうです。「日本人は単一民族でありますから」的な昭和の一時期の価値観しか知らない人は忘れていますが、実は古代の日本は「移民国家」と言っていいレベルで移民がたくさんやってきていました。

奈良時代当時の豪族の出自を記載した「新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)」によると、諸豪族のうち、全体の約3割が「諸藩」とされます。この諸藩というのは「渡来人・帰化人系」で、要するに「移民組」ということです。ざっくり計算だと、日本人の先祖の3割は移民組ということです。

これが、今から1000年以上前の話ですので、実はたいていの日本人には移民の遺伝子が入っている可能性があります。皇室も別に例外ではなく、桓武天皇の母親は、朝鮮半島の王朝だった「百済」の王族の子孫の一族出身だったことが一時話題になりました。(厳密には、今の半島にいる人達と百済の人達は別民族といっても過言ではないと思いますが。百済の滅亡時にかなりの人々が日本列島側に亡命・移民してますので。)

帰化人・渡来人の有名な所だと、全国にある稲荷神社の総本山、伏見稲荷を創建した秦氏(はたし)は、秦の始皇帝の末裔を称する移民集団です。ほかにも、漢王朝の末裔を称する漢氏などが、帰化人の有名どころな一族です。なので、波斯(ぺるしあ)という姓をもった人がいたとすると、波斯(ぺるしあ)出身の人達である可能性は高いわけです。

東京にいると、南国系の顔の人もいれば、オリエンタルな顔の人もいれば、と多種多様な顔の日本人を観察することができます。1000年以上昔に日本にたくさんの地域から移民がきていたことを考えると、そんなに不思議なことでもありません。

そうなると当然、現代の日本人の中には、イランの遺伝子やら、モンゴルの遺伝子やら、色んな民族の遺伝子が眠っている可能性があります。東京は世界中の料理が美味しく食べられるという不思議な町ですが、もしかしたら先祖に移民がたくさんいるから、日本人の遺伝子には世界各地の料理の記憶が眠っているからなのかもしれません。

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