グローバル化の先には何が待っているのか、100年後の未来はどうなっていくのか、世界はどこから来てどこへ向かっていくのか、私達個人はその中でどうすべきなのか。地政学や経済学は、意外にも哲学や心理学よりも大きなヒントを秘めているかもしれません。おもしろく世界の見方が増える興味深い本です。
接続性の地政学との出会い
内容に入る前に。トリエンナーレという現代美術の展示会で「接続性(コネクティビティ)」に関する展示があったことで、この本をみつけました。展示と似たような作者のプレゼン動画があったので英語ですが張っておきます。背景の地図のビジュアルの変化だけでも見てみてください。(01:00くらいまで)
上の動画は、「地球全体を、人間の身体に例えてみましょう。骨格は、輸送システムです。(道路・鉄道網・橋・トンネル、大陸を縦断する空港や港。) 血管系は、石油やガスのパイプラインや電気の供給網。神経系は、インターネットのケーブル網・携帯(スマホ)・衛星・データセンターなどです。 (以下略) 」という、物資や人や情報の移動する物理や情報のネットワーク=サプライチェーンが重要という話からはじまっています。
こうした前提のもとに、これからの世界を理解する鍵になるのは「接続性(コネクテビィティ)」であるというのが、本書の概要になります。
サプライチェーンという言葉も独自の用法で使われていますが、明治の人だったら「需要と供給の回廊」とでも訳したかもしれません。短くするなら「需給連環」としてもいいですが、作者はSupplyという英語をかなり広い概念として使っているので、これはこれで微妙かもしれません。
伝統的地政学が近代的な国民国家という枠組みをベースに考えていたのに対して、「もはや。時代は変わった」という話になります。
接続性は戦争をなくすのか?
作者的には「接続性が高まれば高まるほど、戦争リスクは減っていく」という考え方のようです。これは経済学の発想では昔からあるもので、国際的に経済の相互依存が進むほど戦争リスクは減るという話になります。大前研一なども指摘している発想です。
この発想には昔から反論もあって、例えば第二次大戦の時の日本は「米国から石油の大半を輸入していたにも関わらず、米国と戦争にふみきったじゃないか」という話があります。
人間は経済学が想定するような「合理的な生き物」ではなく、「本能的な感情」とか「宗教的情熱」とか、経済合理性以外の原理でも行動する生き物だというのが、経済的なつながりが増えれば戦争はなくなるという発想の持つ基本的な欠点です。
歴史上の戦争も、「お互いやりたくないはずなのになぜか大戦争になったもの」はいくつかあります。日本史からだと応仁の乱などは1つのよい例でしょう。どちら側も、京都を焼け野原にしたい、とは考えていなかったはずです。
確かに戦争リスクを減るだろう
とはいえ、たとえば、「アメリカの企業が投資したものがチャイナにたくさんある。アメリカ企業の輸出先としてチャイナマーケットは非常に存在感がある」という状況があることは、一種の米中戦争に対する抑止力として働くことは否定できないでしょう。
第二次大戦の時は、経済ブロックが強国ごとにわかれていました。なので、外国への攻撃をいくらやっても自国側の受ける経済的ダメージは低かったわけです。当時の米国が、交戦相手の日本に無差別爆撃や核攻撃をすることができた理由の1つはこれです。
ただ、日米の経済交流や人の交流がすごく盛んになっている現代、もし不都合な偶然が重なって日米戦争がおきたとしても、米軍に第二次大戦の時のような容赦ない空爆ができるかというと、そのハードルは上がっていると思います。
接続性が上がる世界のメリットとデメリット
これは本文を抜粋します。
「サプライチェーンは地理と言う監獄から脱出であり、何も無い所に経済的発展の機会を産み出す場である」(P57上巻)
個人レベルでいうと、絶海の孤島にすんでいてもインターネットを活用して起業し、ビジネスを立ち上げることができるようになった、という話です。(電波が届いて電気が使える絶海の孤島なら)
地理的に恵まれない国でも、その地政学的なデメリットを克服できる時代になったということです。
かつて、内陸の国は船によって外国とつながることができませんでした。かつてのロシアは冬でも船が出入りできる港を求めて、大規模な対外戦争を起こした歴史さえあります。そういう時代からしたらウソのように恵まれた時代なのが現代なのです。
「サプライチェーンは、市場が地球を痛めつける手段にもなっている。サプライチェーンを通じて、世界の熱帯雨林が略奪され、大起に排ガスがまき散らされている。」(P59 上巻)
個人レベルでいうなら、食べ物を扱う多国籍企業は、規制がゆるい地域では(人体に有害かもしれないものを使った)食べ物も売り放題、というような話です。
人件費が安くて規制もゆるい国や地域に、かつてない気軽さで工場が容赦なく移転するので、地球全体でみると環境破壊が進むという可能性はあるでしょう。
まとめ
詳しい膨大な未来予測シュミレーションは本文に譲ります。日本に関する話も一部にはでてきますが、「厳密には○○とは言えなくなるだろう」という文書が興味性をそそられました。
接続性が上がれば第三次世界大戦は絶対に起きないかというとそれはないと思います。
軍事力というものが「巨大タンカーを撃沈し、インターネットの海底ケーブルを切断し、石油パイプラインや発電所を破壊し、トンネルや橋を落として人の流れを強制的に止める力」を持っていること自体は、実は変わっていません。
ただ、人やモノや情報の行き来する「物資や情報や人の移動するシステムそのもの(本書の言うサプライチェーン)」の重要性が、国家という従来の枠よりも存在感をましてきているのは、多くの人が体感しているところでしょう。
iPhoneに忠誠を誓っている人は世界中にいて、あれがインフラのように生活の一部になっている人は世界中にいます。その一方で、星条旗(ホワイトハウス)や五星紅旗(中南海)の個人に対する影響力は相対的に下がってきていると言うことはできるでしょう。
インターネットと流通網の進歩によって、私達は 「住んでいる場所の近くで友達を作らなくてはいけない」「地元で作られたものを使わなくてはいけない」といった地理の制約から開放されました。
特に気にとめない人もいますが、実はこうした変化はとても大きな変化です。
こうした大きな変化の先にあるのは、どんな世界になるのか、というのを考えるヒントになるちょっとエンタメ性のある本だと思います。